テリー・ギリアム

カルト的人気を誇る映画を数多く制作

 テレンス・ヴァンス・ギリアム(Terence Vance Gilliam)と聞くと、真っ先に未来世紀ブラジルが思い浮かぶぐらい、あの作品が好きなわけですが、それ以上にやはり、空飛ぶモンティ・パイソンに出演していたモンティ・パイソンのメンバーの一人だということが非常にイメージとしては強いかと思います。一応知らない人の為に、モンティ・パイソンについて説明しておくと、これは1969年からスタートしたイギリスBBC公営放送局のテレビ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」で人気を博したコメディーグループで、一部ではコメディー界のビートルズと呼ばれている人たちです。その後もコメディー番組だけでなく、ライブや映画、そしてアルバムの販売、書籍の販売、舞台劇を行うなど活動の幅を広げていき、爆発的な人気を誇るグループになっていたのです。「シャーロキアン」「ポッタリアン」「ビートルマニア」などと並んで、彼等の熱狂的なファンは「パイソニア」と呼ばれており、未だなおその影響力は強いままだといいます。

 特にこのパイソンズ(モンティーパイソンのメンバーのこと)ですが、王室や障害者、共産主義者、ナチスなどとネタに出来るものは何でも笑いの種にしてしまうという恐れ知らずのお笑いユニットで、メンバーの大半がオックスブリッジ(イギリスの最高学府)出身の超学歴メンバーであったため、コントには宗教問題や、戦争犯罪のタブーといったようなものをウィットの聞いたジョークと共にお送りするようなものもあり、一時期はそのネタの過激さ故にBBCによる検閲が入る程のグループになっていました。

 むしろコメディーというものをまるっきり書き換えてしまったような偉大な存在であり、コメディー史などを勉強すると、「モンティーパイソン以前」と「以後」を分けるような言説を提唱する人までがいるほどです。

 どうでもいいことですが、スパムメール(迷惑メール)という名称は、このパイソンズのコント「スパム」に由来するもので、また、既に勘の良い人は気づいたかも知れませんが、プログラミング言語のPythonの名称も、彼等モンティ・パイソンが由来となっています。

実際のコントは?

 先程のスパムメールの元になった「スパム」というコントですが、これは、老夫婦がロンドンのとある大衆食堂で、朝食を注文しようとするものの、全てのメニューの項目に、大量のスパムソーセージが含まれているというものでした。例えば卵とスパム、スパムとスパムといった具合に。そう言ったシュールレアリズムなコントも多い一方風刺の聞いたものもありました。特に有名なコントは殺人ジョークというコントだと思います。これは第二次世界大戦中に「世界一おもしろいジョーク」が作成され、これを聞いた人は皆笑い死にしてしまう。このジョークをイギリス陸軍はドイツ語に翻訳し、ナチスドイツに対して使用し、イギリスを戦勝国へと導くというものでした。一方ドイツはこれに対抗した殺人ジョークを作成するものの民族的にジョークの才能が無かったため不成功に終わってしまったというコントです。これはそのジョークを翻訳したり、そのジョークがどこで見つかったのかというところにまた面白さの妙があるのですが、気になった方は是非自分の目で確かめてみてください。

カンヌ映画祭出展作品特集

そんなパイソンズでのテリー・ギリアムの立ち位置とは?

 そんな大人気コメディーグループ、モンティ・パイソンですが、テリー・ギリアム自体は直接的にコントに関わってはいませんでした。本編では若干端役顔を出す程度だったのですが、コントとコントの間をつなぐ短いアニメーションである「ギリアニメーション」という物を手がけておりました。要するに当初から、役者よりも映画監督としての才能があったということなのですね。それを証明するかのように、メンバーのジョン・クリーズやマイケル・ベイリンなどはハリウッド映画などに多く出演しています。ジョン・クリーズに至っては、映画版ハリー・ポッターシリーズにて「“ほとんど首無し”ニック」を演じております。また、テリー・ギリアムはそうしたアニメーションだけでなく、裏方や、脚本、またチキンを持った甲冑男という謎な役を(面白くないギャグを言った人の元に甲冑をつけて現れ、チキンで殴りつけて帰っていく人)演じたりと、まさに監督にピッタリといった感じだったのです。(最後の一つはどうかと思いますが)

 さてそんなギリアニメーションを制作していた彼ですが、映画監督としての仕事を始めるとその本領はより力強く発揮されていきます。1975年の『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』にて好感触を掴んだ後に、1977年に単独監督作品として『ジャバーウォッキー』を制作します。そして、その後も、監督業を突き詰めていき、『未来世紀ブラジル』では、非常に多くの人へと影響をあたえました。次作の『バロン』では残念ながら、プロデューサーの杜撰な製作管理のせいもあってか予算が膨れ上がった上に、興行的に失敗するという痛い目にあっておりますが、その後の『フィッシャー・キング』では、マーセデス・ルールがアカデミー助演女優賞を獲得し、作品自体も、ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞を受賞する快挙を成し遂げています。

 また、このころからテレビCMなども手がけるようになり、ナイキのワールドカップキャンペーンのCM「シークレットトーナメント」の監督を務めました。これは、巨大なタンカーの中で、世界のベストプレイヤーが3対3で戦うという内容だったのですが、あまりの完成度に高い人気を集め、批評家からも大絶賛されておりました。

洋画大好き! 吟優舎が選んだ最新のおすすめ物件随時更新中!雰囲気が素敵な京町家の物件を買いたい・売りたい・借りたい・貸したいなど京都 不動産に関するご相談お待ちしております!お気軽にお声掛けください。

人気の高い作品

 先程紹介した未来世紀ブラジルも十二分に人気が高い作品なのですが、その他にも12モンキーズという作品があり、こちらもゴールデングローブ賞や、サターン賞などを受賞している作品で、非常に物議を醸したものとなっております。

主な出演作品

1969 - 1973 空飛ぶモンティ・パイソン (テレビシリーズ)
1971 モンティ・パイソン・アンド・ナウ
1974 モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル
1979 モンティ・パイソン ライフ・オブ・ブライアン
1982 モンティ・パイソン ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル
1983 モンティ・パイソン 人生狂騒曲
2001 ロスト・イン・ラ・マンチャ (ドキュメンタリー)

監督作品

1975 モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル(テリー・ジョーンズと共同で監督 )
1977 ジャバーウォッキー
1981 バンデットQ
1983 モンティ・パイソン 人生狂騒曲(一部監督)
1985 未来世紀ブラジル
1988 バロン
1991 フィッシャー・キング
1996 12モンキーズ Twelve Monkeys
1998 ラスベガスをやっつけろ
2005 ブラザーズ・グリム
ローズ・イン・タイドランド
2009 Dr.パルナサスの鏡
2010 Zero Theorem
2011 ドンキホーテを殺した男